ジキルの愛した時間

ライトなラノベコンテストに応募させていただいた小説です!
この度、Impress QuickBooks より、電子書籍化されることが決定しました!

それに伴い、当ページも、『ジキルの愛した時間』の試し読みページとなります!

2014年05月

 そのダーツバーは、古びた汚い雑居ビルの四階に入っていた。
 およそ二か月ぶりに訪れた利一は、懐かしさを感じるよりも、そのいやらしさに圧倒された。
 完全な不良とも言い切れないような、中途半端な連中が集まっている。彼らは明らかに未成年であり、伊澤や利一のように制服の連中もいたが、店は黙認していた。
 オールバックに髪を固め、バーテンの衣装に身を包んだマスターは、彼らの先輩にあたる。裏ではいろいろヤバいことに手を出しているらしいと、もっぱらの噂であった。
「おお、リー、久しぶり!」
 中心にいる宍戸ししど令司れいじが利一に手を振った。それ以外の男たちも、口々に反応する。
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 古城利一が那須多弓絵と付き合っているということは、クラスには知られなかった。
 教室の中にあって、二人はまったく、互いに関心を持っていないかのように振る舞っていた。弓絵の方は変わらないが、利一の方は意識的に、ほかの男子の席に立って、そこでしゃべることが多くなった。
 彼はなるべく弓絵との交際を隠しておきたかった。このあたり、彼は不思議なまでに慎重であった。
 二人は学校の外で待ち合わせ、一緒に帰った。
 正門を出て、駅とは違った方向に歩いてゆくと、閑静かんせいな団地がある。そこに設けられた公園が、二人の落ち合う場所であった。
 会話は大抵、本の話題から始まった。
「今日は何を読んでたの?」
「えっと……『ジキル博士とハイド氏』」
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 電灯の消えた教室には、夕焼けが差し込んできていた。弓絵は黙々と読書にふけっている。その表情はいつになく紅潮しているように見える。それは、暖色の日差しに照らされているから、というわけでもないようだった。
 物語はいま、最終盤を迎えている。読み手である弓絵自身もそのことを知っている。キラキラとした大団円だいだんえんのイメージが、ゆったりとしたメロディのように頭の中を流れて行く。同時に、もうすぐこの温もりが終わってしまうという、りょうとした感じが、胸の奥に揺らめいた。
 主人公の少年とヒロインの少女は、決意を胸に、教会を出る。振り返って仰ぎ見ると、礼拝堂の鐘が夕陽ゆうひを浴びて光っている。群青に深紅が溶け入った空の下、二人は初めて出会ったときに聞いた、鐘楼しょうろうの音色を思い出す。神々しい響きだけが、若き二人の門出を、優しく包み込んでいた。――
 弓絵は顔を上げた。視線は遠くを見つめていた。
 物語の豊かな余韻よいんが、後から後から押し寄せてくる。窓の外には温かい街並みが広がっている。沈んでゆく太陽が見える。
 鮮やかなオレンジ色に染まった世界を感じながら、彼女は鐘の音色にかれていた。
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 転校生が教室に入って来るや、クラスの中に張りつめていた高揚感は、音もなくしぼんでしまった。教壇に立った彼女の外見が、あまりにもえなかったからである。
 ほっそりとした顔にはハリがなく、頬骨ほおぼねが出ていて、唇も薄い。肩に乗っている黒髪は、振り乱しているというほどでもないが、といって、つややかに整えられているというわけでもない。身体からだつきは痩せ形で頼りなく、全身が青白く見える。
 見ようによっては神秘的だと言えなくもないが、誰もが心かれるような、澄んだ輝きを思わせるには無理があった。
那須多なすだ弓絵ゆみえと言います。よろしくお願いします」
 味気のない声で彼女は挨拶した。可もなく不可もなく、といった感じの、ちょうどいい大きさの声で、取り立てて特徴のあるものでもなかった。
 わずかに残されていた希望もはかなく立ち消え、室内には、後味の悪い白けた空気が漂った。
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